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個性を無くしてしまう「普通」の怖さ

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「普通そんなことしない」

 

「それって普通じゃないよね?」

 

誰しもがこれまでに一度は言われたことがあるであろう、「普通」でないことに対するこの言葉。

違和感を感じたことはないでしょうか。

 

 

知らない内にあなたも人の個性を無くしているかもしれませんし、誰かに個性を無くされているかもしれません。

 

普通でないことの何がいけないのか

まず普通でないこととはどういう状態なのか、ひいては普通とは何なのかを考えてみると、自ずと答えが見えてきます。

 

普通という言葉は主に、「どこにでもあるような、ありふれたもの」といった意味合いを持ちます。

 

ただし、この言葉を人が他者に向けて使う時は大概、「(その人にとって)どこにでもあるような、ありふれたもの」といった意味合いに変化してしまいます。

 

人は、自分の経験上でしか物事を判断できないですし、理解もできない生き物です。

つまり、あらゆる物事において、しかも全ての人にとっての普通を理解している人など誰もいないのです。

 

したがって同じ物事でも、ある人にとっては普通でないことが、またとある誰かにとっては普通である、ということが往々にしてあります。

 

この時点で、他者に対して普通でないことを否定するような発言は、自分の価値観の押し付けでしかないということになります。

 

つまり、普通でないということは、ある人にとってありふれたものではないというだけで、何もいけないことではないのです。

 

物事を普通に持って行こうとする力は無意識に働く

普通じゃない、という言葉を使わずとも、他者に自分にとっての普通を押し付ける場面は多々あります。

 

例えば、フィットネスに関して目を向けてみると、トレーニングを行っている人に対して、否定的なニュアンスで「なんで鍛えてるの?何を目指しているの?」といった言葉がかけられているのをよく耳にします。

 

質問する側に悪気はないのでしょうが、純粋な疑問というよりは理解できない行動に対する否定、といった思惑が読みとれる場合が多いので、言われる側はあまりいい気持ちはしないでしょうし、現にそう受け止める人は多いです。

 

これは、トレーニングをすることで得られるメリットを知っているか知らないかで起こるギャップであり、価値観の違いによってそれぞれの普通の意味合いが変わってしまっている良い例です。

 

トレーニングを行っている人は、いつまでも健康な身体でありたい、だとか自身を持てるような身体でありたい、などそれぞれに理由があってトレーニングを行うことが普通になっているのです。

 

ただ、ここで注意しなければならないのが、それはトレーニングを当たり前に行う人にとっての普通であり、この普通もまた他者に押し付けてはならないのです。

 

トレーニングを当たり前に行っている人が、「なんでトレーニングしないの?そんな身体で恥ずかしくないの?」といった様な発言をしてしまうことは、先程の「何を目指しているのか」発言をする人と同じということになります。

 

こういった発言をする人は、おそらくどんな立場でも、その立場からの目線でしか物事を考えられなくなってしまっています。

 

そういった言い方をするよりは「トレーニングを行うとこういった素晴らしいメリットがあるんだよ」と言えば、相手の立場も尊重しつつ、自分にとっての普通も理解してもらいやすいでしょう。

 

もちろん、どちらが正しいとも言えません。

トレーニングを行う人も、トレーニングを行わない人も、何かしらの意思のもとにそういった状況になっており、かつその人にとって最善なのであればそれが正しいのです。

 

フィットネスに関して無意識に行われている普通の押し付けを例として挙げましたが、こと恋愛や生活習慣においてはこういったやり取りはよく見られます。

 

自分の価値観を主張することも時には必要ですが、それが押し付けがましくなってしまわないように、常に相手を尊重していくことが大事です。

 

普通でない方が魅力的

ここまで、普通でないことはいけないことではない、普通の押し付けは良くない、とお伝えしてきましたが、つまるところ普通でない方が魅力的だということです。

 

人においても物事においても、どこにでもあるようなありふれたものに対して価値を感じるのはなかなか難しいです。

代わりがきいてしまいますから。

 

対して、普通でないということは「めったにない、珍しいもの」ということです。

それが、一部の人にとって受け入れられにくいものだったとしても、肯定的に捉えてくれる人は一定数必ずいます。

大前提として、自分も含め人を幸せにできるようなものであることが望ましいですが。

 

そういった普通でない面が魅力的な個性になるのです。

 

近年は、特にネットやSNSの普及により、普通でないことに対する監視や批判が厳しくなっています。

どうか多くの人に自分の普通を押し付けないで欲しいですし、普通でないことを恐れずにどんどん追及していってもらいたいものです。